釣れ然なるままに

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【人間論】人生は旅路であり修行である

こんにちは。

毎度毎度ですみません。オカルト、宗教話ではなく私の抱く価値観についてのお話です。釣りネタはちょっとだけ・・・かもしれません。読んだところで数万人の1人の価値観を帰ることができるかもしれない。

という内容で書いていきます。鬱日記じゃありません笑

 

善意は裏切り

人に良かれと思ってアドバイスすること、されることがあるかと思います。これは受け手と発信する側のその後の行動でその価値が大きく変わるもの。

A「悲しみにあふれている」

B「泣きたいなら泣けばいい、声を出して泣けばいい」

といったとする。

Bはすごくいい人っぽい。

 

しかしBのその後、Cに

B「先日悩みを聞いたところ泣いてしまってね。思わず私の前で泣けば言いといったらAは思いっきり泣いてたよ。ひとりで辛く抱えていたんだね。」

 

まずAに対してBが言った言葉。約束はこの場に私しかいないから、秘密にするから思いっきり泣けばいいといった内容である。

それを現場に居合わせなかった他者Cに言ってしまった時点で裏切りである。Aが恥じらいか、抱え込むためかそれを抱いていたところBという善意によって解きほぐされて出た感情。

これをBがCに言ってしまったらAがBに心を許したことを公開してしまうことになる。

 

このパターンはよくある話のように思える。詐欺師とまでは言わない。ただこれは人間同士の信頼を脅かす行動であることを考えて欲しい。

人間の信頼とはなんだろうか。

 

おそらくBはAが辛い思いをしていることをいい意味でCに共感して欲しかったのだろう。たしかにさっと聞いた感じではかわいそうに・・・と思うかもしれない。

でもAからすればその場に居合わせなかった人に知られたいことか?

またAのまえにBとCがいた場合。泣くだろうか?

 

その気がなくてもAはBを裏切ってしまっているということになる。

 

知は驕りを授ける

知識を得たとき誰かに話したくなる。これは割りと当たり前のこと。

このような伝達行為が文明を築いているといっても過言ではない。むしろこれがない限り一人ではなにも開くことが出来ない。これが文明世界に生まれた定めであるともいえる。

 

口が軽い人というのは嫌われがちである。

しかし反対に、情報を無料提供してくれる善者ともいえる。ただその人に情報を握られている場合はあきらかに敵になる。

 

世の中知らなくて良いこともある

まさにその通りで、知りすぎてもいいことはない。必要最低限+α程度でいいと思う。また語るにせよ、口は災いの元ということわざがあるように人にしゃべるものを今一度心の中で精査する必要がある。

後悔先に立たず

後悔をしない人間はいない。また己を変えようと努力する人間も乏しい。

なぜか。

変化するより今を維持することが精一杯だから。言い換えればめんどくさい、現状に満足しているともいえよう。

 

個人的には後悔ではなく、失敗材料を今後に活かしたい。成功と挫折が必ず起こる。

挫折を引きずるのではなく先へ行くための経験値として活かせばいい。失敗をしない人間に成功はない。

ホストクラブ、バンドマン、プロミュージシャン、会社経営、大手レコード会社、大手広告代理店として働いた私であるが後悔はたくさんある。でも経験しなかったら後悔もしない。その分人間としての経験が今より少なくなる。やれることをすべてできるわけではない。ただ経験したものをどこかに活かすチャンスは必ずといって良いほど訪れる。

 

真実はなく、許されぬこともない

この言葉はアサシンクリードの教団のおきて。

私は今フリーランス。給料は平均かそれ以下だと思う。

またサラリーマンのときより労働時間も長いと思う。でも何で苦ではないか。

これがフリーランスという企業だったらドブラックだ。こうして記事を作ってるのも深夜3時半。(まぁブログは趣味みたいなものですが笑)

始発で家に帰るような時間。

ただなぜフリーランスでいいのか。

それは好きなことをやり、好きな時間をとりやすい。まさにフリーだから。

しかし甘い世界ではない。すべてが己の責任。言い換えれば個人事業主、社長であるとも言える。

それまでの経験がチャンスをより掴む武器となるはず。

 

すべてのことは自分に帰ってくる。ゆえに真実はなく、許されぬこともない

すべて自己責任。

アサシンクリードはただのゲームだが人間性をみがくにはお勧めゲームだ。

 

最後に言っておきたい。

 

利用するか利用されるか、己の判断である。これは正直難しいと思う。今利用しているのか利用されているのか。それは後になってみないとわからないことが多い。

でも人間というのはなにかを信用し、信用されて生きていくものでもある。

 

信用すると依存は似て非なるものであると今一度理解していただきたい。

 

余談ですが私は妻、親を信用していない笑

人は裏切るものである。もちろん微塵たりとも信用していないわけではない。でないと私はただの人間不信である笑

 

身内というのは良かれと思ったことが裏返しになることが多い。自分から助言を与える場合などもよく精査してからのほうがいいと思う。

まさに親しき仲にも礼儀ありということだ。

 

若輩でこのような人間論精神論を唱えるには聊か若すぎると思う。しかしなぜこのような考えに至ったのか。それは同じ年代にくらべ、所謂線路を外れ様々な経験をすることが出来た故だろう。特に過去に起業したときに自分はぐっと成長したと思う。

 

長くなりましたが今回の人間論はこのあたりで!

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